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ならまちの石窟庵 十輪院
奈良公園のうつくしさは興福寺を毀つ(こぼつ:壊す)ことで成立したと司馬さん(司馬遼太郎)は「街道をゆく 奈良散歩」のなかで書いていました。“毀つ”とはまた司馬さんらしい大仰な言い様ですが、なるほどしかしそれなら、ならまちの奈良らしさの風情は元興寺を毀つことで成立したということになるのでしょうか。興福寺と元興寺は近い距離にありますが昔はお隣さんで境内を接していたようです。その境だったあたりに十輪院があります。十輪院は元興寺の支院だったという話もありますがちがうと書いた本もあって本当のところはよくわからないようです。
ぼくはミキオ君との二回目の奈良仏像巡りのとき、元興寺へ行く前に十輪院を観ておこうと思い境内に入ったことがありました。しかし門を入ってすぐに拝観を拒んでいるようだと感じて拝観せずにそのまま外へ出たのでした。なにがあったのか。一般住宅のような背の低い本堂と手入の行き届いた上品な庭は他人の家に無断で入り込んでいるようで気が引けたところへ本堂広縁の左端に「御用の方は呼鈴を押してください」と書いた立て札があるのを見て忽ち拝観意欲を失くし、ここにはたしか石仏があったよ、と何かの本で読んだことをミキオ君に言ってそのまま引き返したのです。写真はそのとき撮った十輪院の本堂です。
十輪院の本堂 2016年4月20日
その十輪院が今週のBS-TBS「奈良ふしぎ旅図鑑」に登場しました。本尊の石仏は元々野仏だったそうでその覆い屋と繋げた本堂は本尊を見下ろすことにならないようにと床を低く造った住宅のような建築で国宝です。本尊は石仏の地蔵菩薩立像で石仏龕(せきぶつがん)という石で囲って厨子のように作った中に安置する形をとっていて、厨子の扉にあたるところに向かって左は釈迦如来立像が右は弥勒菩薩立像が線刻に近い浮彫で表されています。この石仏龕は重文ですが、ソウルにいたころ観に行ったキョンジュ(慶州)のソクラム(石窟庵)を、規模は数段小さいながら、どこか彷彿させる雰囲気がありました。
テレビ番組で見た十輪院は庭だけではなくなにからなにまですべてが上品なお寺でした。それにしてもあの石仏、特に弥勒菩薩立像は彫刻も優れ表情もよくてなかなかすてきです。あのとき思い切って呼鈴を押しておけばよかった。 2026年7月9日 虎本伸一(メキラ・シンエモン)
写真:虎本伸一
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